スタートまでの道のり

やけくそ万防日記20(渋プロで最終回)
    いよいよスタートした渋谷プロジェクト

全国万引犯罪防止機構理事長

竹花 豊

 6月28日午後0時、渋谷プロジェクト開始の事前告知がなされました。同プロジェクト事務局ホームページ(当機構ホームページでも閲覧可能です。)にその旨アップされ、また、参加3書店内に掲示されました。

  検討を開始してから約2年、それだけ時間がかかったのには様々な事情があったのですが、新しい生命を生み出すには大きな苦労がつきものと言うだけにとどめて、その経緯、内容などをできるだけ書き留めて、皆様のご理解、ご協力をお願いしたいと思います。

  なお、やけくそ万防日記はこの号をもっておしまいです。これまではセキュリテイナビに掲載させていただきましたが、事情があって、今回は、当機構のホームページです。それまでのものは、これまでどおり、同ナビでご覧いただけます。

  さて、私たちがこのプロジェクトを検討し始めたのにはいくつか理由があります。一つは、万引に悩み、苦しみ、怒る書店の皆さんが新しい万引対策を熱望していたこと、これは他の業界とは比較にならないほど切実な声でした。二つは、顔認証機能と言う万引対策に使えそうな技術が進化しており、一部の小売業者がこれを利用した万引対策に着手しており、一定の成果を上げていたことです。三つは、前に述べた2017年の万引対策強化国際会議の際にまとめた6項目の万引対策強化宣言の主要な柱の一つに、被害者間の情報共有と活用があり、その一つの手法として顔認証機能を利用したシステムに当機構が大きな可能性を見出したことです。  ご存知の方もおられると思いますが、2年ほど前に、多くの専門家の方々と、幅広く顔認証機能を利用した個人情報の活用のあり方を中心に、深く検討したことがあります。私も参加の機会を得、万引きの状況をお話しし、新たな対策の必要性を訴えたところです。このことは、私にとっては非常に勉強になり、また、励まされるものでした。顔認証機能を利用した個人情報の利活用が、一定の条件で個人情報の保護が十分担保されれば、多くの専門家にも支持が得られるものだという確信を持ったのです。 

その中で、いろいろ可能性を探ったのですが、個人情報保護法にある、個人情報の共同利用という条文に実現性を見出しました。この条文の持つ意味は、あたかも一つの事業者の中で個人情報が活用されるのと変わらないような仕組みであれば、本人の同意などを必要とせず、複数の事業者間でまぎれなく個人情報を活用できるというものです。ですから、大規模な仕組みは元来想定していないのではと感じました。

地域的にも、業種としてもある程度限られたこんもりとした仕組みを法は想定しているのではないかと感じました。  他方で、いろいろ考えてやる以上、効果がないようなものは作っても仕方がないので、どうしたものかと考えあぐねたものでした。私に浮かんだのは、おそらく被害の最も大きいドラッグストアと被害に最も苦しんでいる書店の皆さんです。ドラッグストアは、既に同業者間で個人情報に当たらない情報の交換を検討しているところで、顔認証を利用するというところには少し時間がかかるという状況でした。他方で、書店業界では、既に顔認証機能を利用した対策を講じて成果を上げているところもあり、何より切実な思いを持っていることを知っていましたので、当時の日本書店商業組合連合会の会長だった方に相談したところ、自らも加わり渋谷で有志の書店が集まってやることを検討したらということになったのです。そして、私とともに、2015年の秋にアメリカまで一緒に出掛けて万引対策の意見交換をし、「商売は競争するが万引対策は協力する。」と言うアメリカのドラッグストアやスーパーマーケットの取組みに大いに刺激を受けた書店のロス対策の責任者がこれに呼応してくれたのです。時間の前後はありますが、総じていえば、人や状況のめぐりあわせが、このプロジェクトの検討を開始させたと言って過言ではありません。

  それやこれやで当初渋谷区内にある書店や古書店が6社ほど集まり、議論を開始したのです。ところがそのうち2社は店舗そのものが店じまいをすることになってしまいました。また、この検討を聞きつけた他の数書店の担当者も触手を伸ばしてこられたのですが、やはり一緒にやるというところまで至らず、最終的には三書店のプロジェクトということに落ち着いたのです。この間、万引きをされるのは書店ですが、書店が困れば出版社もその取次にも大きな影響があることから、出版業界が一体となって、「万引防止出版対策本部」を立ち上げたばかりか、出版業界に精通した方を当機構に送り込んでくれたのです。当機構としても後には引けない状況になりました。が、話は一筋縄ではいきません。この個人の人権にかかわる話に、出版関係者がもろ手を挙げて賛成するはずもありません。また、書店の方々も、皆それぞれ店舗の営業に責任を負っています。海のものとも山のものとも知れぬこのプロジェクトに、おいそれとは賛同してくれません。

  私は、この間に有力な書店関係者に働きかけて、このプロジェクトをもう少し大きなものにしたいと汗をかきましたが、功を奏しませんでした。そうか、結局は小さくてもプロジェクトを開始し、成功させ、安心させなければ彼らを引き込むことはできないのだと悟るほかなかったのです。 

プロジェクトの中身は次第に詰まってきました。私どもが取った手法は、なんだかわけがわからないことが我々を委縮させている難解な法律が許すことは何かを探ることより、とにかく我々がやりたいことをしっかり考え抜いて、これなら面白い、何とか成果が出そうだという仕組みを考えることから始めたのです。もっともなんでもありということではないのですし、最終的には法の尺度で仕組みを整理することになるのですが。 

私たちがまず考えたのは、既に参加店舗が持っている万引犯の情報をこのプロジェクト開始の時点から活用できないかというものでした。また、その系列店舗が持っている情報のうち渋谷地区に来る可能性のある犯人の情報をこのプロジェクトに活かせないかということでした。  この二つは、専門家の意見で実現が困難だということがはっきりし、あきらめざるを得ませんでした。専門家の言うことには一理あると認めざるを得なかったのです。当時の私には、このプロジェクトは犯罪の被害者の自分の財産を守るという権利を保護するといういわば自衛的な緊急措置であることは明らかだから、そして、これで儲けよう、儲けが上がるというものではないことははっきりしているのだから、国民はかならずわかってくれるという思いが強くありました。それは今でも変わらないのですが、ただ、専門家の意見は、それでもいろいろな立場があり、声の大きな方もおられ、その論争のるつぼに入ることは参加される書店の方々の営業にも影響があるのではないか、ほとんどすべての方になるほどよく考えた仕組みだ、これならやらせてみても良いのではと思ってもらえるようなものにしましょうというものでした。私たちは皆で考え、考えしながら、このプロジェクトをできるだけスムーズに開始することを最大の課題ととらえ、譲歩に譲歩を重ねたのです。そのほかにもいろいろな意見の交換がありました。最後は、事前告知と言う代物です。プロジェクトを開始する1か月前に、予告をしろというのです。こんなことは法律にも何も書いていないではないかと思いましたが、受け入れることにしました。 

こういうと専門家の言いなりではないかと思われるかもしれませんが、私たちが彼らの言い分を聞き入れる姿勢になったのは、その方々が私たちの取組みを支援してやろうという態度に見えてきたからです。その方々にとってもこのプロジェクトに肩入れするのはリスクがあるのではという気持ちを持っていたのですが、私たちの率直な物言いにも耳を傾けてくれ、それではこうしようと忙しい時間を割いてアイデアを提供してくれたのです。この方々が、当プロジェクトの検証委員会のメンバーとして、まだ始まりもしないプロジェクトの事前検証を引き受けてくれたのです。ありがたいことでした。

  何か私の恨み、つらみを書いているようで恐縮ですが、参加各店の方々を含め、数十回も議論を重ねてきて、ここに至ったことを皆さんにぜひ知っていただきたかったのです。大変なエネルギーを必要としました。それに、顔認証に関する専門家やネットに関わる安全確保の専門家の多大な貢献があって、はじめてこのプロジェクトの話は説得力を持つものになったと思います。 

その結果、まとまったのが、「渋谷書店万引対策共同プロジェクト及びそのガイドライン」です。幾たびも書き直され、誰が書いたかわからないほどになった、共同作業の成果物です。これにはこのプロジェクトのすべてが盛り込まれています。万引きの常習者にとっても興味津々でしょうから、そのすべてを公表することはできません。しかし、多くの方々にご支援、ご協力をいただくにはできる限りオープンにすることが必要です。悩ましいところですが、現時点ではさしあたり次のようなことを書いておきたいと思います。


〇 ガイドラインの冒頭では、このプロジェクトの基本的考え方と検討経緯を次のように記しています。

「渋谷書店万引対策共同プロジェクト(以下、「渋谷プロジェクト」という。)は、書店における万引きが書店の経営を圧迫するほど深刻な状況にあるところ、これまでに講じてきた個々の店舗における対策が十分効果を挙げていないことから、この状況を打開するためには新たな対策を実施することが必要と考えた渋谷区に所在する複数の書店が、全国万引犯罪防止機構(以下、「万防機構」という。)と連携して、最新の画像認識に関する技術を利用するなどして、それぞれの書店における万引き、盗撮、器物損壊、暴行・傷害及び公然わいせつ(以下「万引き等」と言う。)に当たる犯罪事犯による被害及びその行為者に関する情報(画像情報を含む。)を相互に共有、活用することにより、万引被害の軽減と合わせ、顧客の快適な店舗利用を妨げる犯罪事犯の防止に資そうというものである。このように、渋谷プロジェクトは個人情報を共同利用することを前提としていることから、そのシステムの構築、運用等に当たっては、個人情報の保護について特段の配慮が必要である。このため、ガイドライン等が個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」)、同法施行令及び同法施行規則並びに同法ガイドライン(平成28年11月、個人情報保護委員会作成)に即した適法かつ妥当なものとなるよう、万防機構及び渋谷プロジェクトに参加予定の店舗関係者等が参加した渋谷プロジェクト準備委員会においては、個人情報保護に関して専門的知識を持つ有識者、また、同法の所管官庁である個人情報保護委員会事務局の意見を参考にしながら、これまでに約2年間をかけて、十分な検討を加えてきたところである(同法の関係条文等の抜粋を参考資料として添付する。)。したがって、渋谷プロジェクトに参加する渋谷区で営業する書店(以下、「参加店」という。その名称は、渋谷プロジェクト事務局のホームページ上で公表する。)及び渋谷プロジェクト事務局は、本ガイドライン等に基づき、その運用に当たらなければならない。」


〇 そして、渋谷プロジェクトの内容である「防犯画像等活用システム」について、その概要を

「渋谷プロジェクトにおける共同利用データの処理プロセスは、別添1の「防犯画像等活用システムの概要」に示しているとおりである。このシステムの骨格は、(1)まず、プロジェクト開始後に下記記載の万引き等の犯罪事犯を行ったことが確実な者に関する顔画像を含む被害・対象者情報を相互に提供して参加店間における共同利用データを構築し(共同利用データ構築プロセス)、(2)次に、顔認証カメラが来店した対象者の顔画像と共同利用データに保存されている顔画像を照合して、対象者である可能性がある者が来店したことを店舗内の実務担当者に知らせ、これを実務担当者が対象者であると確認した上で、実務担当者等が対象者に対する声かけ、その他の警戒を行うことによって、対象事犯の発生を防止しようというものである(共同利用データ利用プロセス)が、(3)加えて、共同利用データを消去するなどその適切な管理に係るプロセスがこのシステムの基本的な仕組みを構成している。」

として、それぞれの詳細を記述しています。

〇 その中で、本システムの対象事犯を、

「本システムにおいては、参加店が自己の店舗において発生し、自店における防犯上必要であることから保有している情報のうち、他の参加店においても防犯上必要となる万引き等を対象とし、その他の犯罪に至らない迷惑行為はこれには含めない。」

と対象とする犯罪事犯を明確にしています。

  万引以外の犯罪としては、盗撮、器物損壊、暴行・傷害、公然わいせつを対象とし、店舗を訪れるお客様に不快な思いをさせるような犯罪行為をした方を対象とすることにしています。 

当初、犯罪行為ではないが、他のお客様に迷惑になる行為を繰り返し行うおそれがある者も対象に加えたいと考えたのですが、犯罪行為を行ったことが明確な者に限るべきだと考えました。 

また、防犯上必要と考えて保有している情報が対象とされているのですから、出来心などでおこなったことが確実で、防犯上必要がない方は対象とならないのです。


〇 さらに、共同利用データ利用プロセスでは、対象者である可能性のある者の来店を知らせる通知があった場合には、真に対象としている方であるかどうかを慎重に判断するとともに、「当該対象者は、来店した時点では、万引きをしようとしているのか明確ではないことを考慮して、いやしくも犯人扱いしたと受け止められるような対応を慎むこと。」としています。


〇 また、共同利用データの消去等適切な保管プロセスでは、

「共同利用データの構築及び利用の際のデータの取り扱いに際して、その内容が第三者に漏れることのないよう、ハード及びソフトの両面で工夫をしているので、運用関係者はその趣旨を十分理解してその運用に当たらなければならない。」と記しており、また、「渋谷プロジェクトは重要な個人情報を取り扱うことから、その安全管理について、運用関係者は十分な配慮をしなければならない。内外の悪意ある者からの攻撃により、本システムの情報セキュリティがおかされることのないように、個人情報保護法ガイドライン通則編8「講ずべき安全管理措置の内容」に則り、個人データの漏えい、滅失又はき損の防止のため、・・・ハード及びソフト両面での措置を講ずるものとする。」

と記しています。


〇 次に、運用関係者に対する研修の徹底を記述しています。実際には、これまでに数回にわたり、研修を行っており、現場対応で齟齬をきたすことのないように、事前告知の間にも必要な対応をとることにしています。


〇 事前告知の段階でも行っている、防犯画像等個人情報の共同利用に関する情報の公表、例えば、参加店が、「防犯画像等共同利用のお知らせ」として、他店舗と情報を共同利用していることを店舗内で告知することなどを記述しています。


〇 開示請求、苦情・相談等に対する対応について、個人情報取扱事業者の名称、保有個人データの利用目的、保有個人データの利用目的の通知の求め又は開示等の請求に応じる手続き等を規定しています。


〇 渋谷プロジェクト参加店の範囲等について

  1. 渋谷区内に所在する書店であること
  2. 渋谷プロジェクトの目的に賛同し、本ガイドライン等を遵守すること
  3. プロジェクト事務局において参加店が本ガイドライン等に沿って対応することができると認めること
  4. 他の参加店のいずれもが反対しないこと

を条件とし、その条件を満たす場合には、参加店を追加することができることとしています。

〇 プロジェクト開始に伴う事前告知やプロジェクト事務局の責務を記述した後、プロジェクト運営上の基本的遵守事項等を明記し、個人情報保護法等の遵守、目的外使用等の禁止と秘密保持、情報の正確性の確保、運用関係者の研鑽等を記述しています。

〇 基本的遵守事項等の遵守状況の検証について、

「・・・外部の専門的知識を有する有識者を含むプロジェクト運用検証委員会を設置するものとする。運用検証委員会は、渋谷プロジェクトの運用全般に関することについて審議し、意見を述べるが、運用関係者はこれを踏まえて、プロジェクトを運用するものとする。」

としています。


  ここまで記述すれば、このガイドラインの大方の内容はお伝えできたのではと思います。書くことができなかったのは、主にこのシステムの安全性確保のための仕組みです。この道の専門家に加わっていただき、情報の漏洩を防ぐ方途、外部からの悪意の攻撃に耐えるための仕組みを工夫しています。それをお伝えできない理由はご理解いただけるのではと思っております。

この事前告知を受けて、どのようなご意見がいただけるか楽しみでもあります。受け入れるべきものは、ガイドラインを修正して取り込みたいと思っています。

  最後に、あらためて、このやけくそ万防日記(トピックを含めちょうど25回になります。)を読み続けていただいた方々にお礼を申し上げます。一定の役割を果たしたのではと思っております。今後は、何らかの形で、万引問題を多くの方々にご理解いただけるように、工夫したいと思っております。皆様のご理解、ご支援をお願いして幕を閉じます。ありがとうございました。

(了)

2019年6月28日